本日とある学生に語った内容。お手伝いありがとう。
心理学は自然科学の一つだから、主観的かつ数字にならない内容(たとえばおいしいとかきれい)を数量化することから始まると言っても過言ではない。
例えば、餃子を食ったときに、
Aさん「すっごいうまい」
Bさん「まあまあうまい」
Cさん「うまい」
Dさん「ちょいまずい」
Eさん「すげーまずい」
じゃあこの餃子のうまさはどのくらい?数量化すると、
「すっごいうまい」 2
「まあまあうまい」 1
「うまい」 0
「ちょいまずい」 -1
「すげーまずい」 -2 平均すると0点で普通の味ということになる。
福祉の仕事はどうだろう?福祉の仕事の多くは質的なものだ。そう簡単に数量化できるものではない。
「あのPSWは話していると安心する」
「ゆっくり聞いてくれた」 こういった感覚は非常に質的。
福祉バカの多くがこの質的な部分を異常に大事にする。むしろ量的なものを避けてさえいるように思える。まるで量的な仕事を行うことが恥であるかのように。背伸びをしてわかった様な顔をして座っているのだ。
「話を聞く」これがすべての免罪符だ。
果たしてこれが正しいのか。これで本当の意味での信頼関係が築けるのだろうか?
老師の温かみは、持とうと思って持ったものではなくて、自然と身につけていったものだ。僕が今彼のように振舞ったからって彼のような包容力は手に入らない。質的な部分は後からついてくるものだし、一般的には、量的な部分は年を取ると若者に負けてしまう(仕事量は私が多くても、信頼度は老師のほうが高いということ)。私はまだ量的な部分をもっともとがんばらないと。これは役割の問題なのだ。
だから、新人諸君には、まずは数量化できるものを大事にしてもらいたい。
下品な話、「オレ年金の相談10件した」とか、「オレ、新人なのにもう4人のケース受け持っている」とかそういう下品なものでもかまわないと思う。
とりあえずは目の前にあることを必死に果たしてクライエントや他職種に「量的」に信頼される。
「質的」に信頼されるのはその後じゃないかなと思う。
「周りが理解してくれない」と言う福祉馬鹿の多くはこの量的な部分から逃げて燃え尽きているような気がするんだよね。
あー長文疲れた。