誰がために

精神保健福祉士は、PSWと呼ばれる。資格化されてまだ10年と少しまだまだ若い資格だ。
多くの先輩達が、資格もない、地位もない、給料もほとんどないままに創り上げてきた職種。

現場で働いている人たちの半分くらいは、資格のない時代から働いてきたいわば筋金入りのソーシャルワーカー。彼ら一人一人は本当にスペシャルな人々だ。というかスペシャルな人じゃないと生き残れない世界だったのだと思う。

僕が育てているのは、資格もある、職域が確保されている、社会的地位もまあそれなりある仕事としての精神保健福祉士を目指している学生。正直、今の現状はスペシャルな人でなくてもそれなりに仕事をしていれば生き残ることのできる業界になってしまっている。

「最近の若者は」というフレーズは、ずいぶん昔から使い古されている言葉だそうなのだが、やはりのこの言葉がついつい思い浮かんでしまう。

そういう若者と、先達との間にはやはり仕事に関する姿勢に大きな乖離が見られるのは仕方がないことなんだろうなと思う今日この頃。

僕の年齢では、どちらかというと後者。
この資格を取る時の動機としてはどうしても安定とか、不況がキーワードになってしまっている現状があるよね。

なんだかうまく言えないのだが、PSWに限らず多くの対人援助職が大きな過渡期にあることを感じるのだ。

人を助けたい、人の役に立ちたい、感謝されたい。

こういった感覚はPSWとしては乗り越えれないといけない壁。

共に生きる、援助しながら自分自身が成長する。

それがPSWとのアイデンティティだったと思う。

そういう感覚を育てるのが教員の仕事だと思っていたが、そもそも人を助けたい、人の役に立ちたい、感謝されたいとう感覚すら持たない学生も増えてきたような気がする。

別に人は好きでもない、自分が楽しく生きていきたい。安定していて楽な仕事を探したらそれがPSWだった。

そういう感覚で、職業としてPSWとを選ぶ学生も増えてきているのが実感だ。
そうだよな。国家試験とはいえ、正直難易度はその他の資格に比べると簡単。

それなりに頭が良くて、要領がよければ取れてしまう資格になり下がっているのだ。

でも悲観してばかりはいられない。これは個人の問題ではないのだ。
社会全体が変わっていく中で資格も職業倫理も変わっていかなければならない。
そのために何が出来るのか、ちょっと真面目に考えていく必要がある。

性善説ではただの愚痴しか出てこない。

まあ酒をのもう。

Burn out.

 

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