メールの功罪

今日はいろいろと作業しながら学生の一人と長い間話していた。若者の常識とおっさんの常識について多くのことを話していたのだが、多くはメールのこと。ここ数年の学生の多くは、大事なことをプライベートな携帯にメールしてくることが多い。

「先生、今日遅刻しそうです」
といった具合だ。

僕のような世代だと、そういったことは直接面とむかって話をするか、学校の固定電話等公的な手段を使って連絡をするのが常識。

しかし、彼らにとっては携帯のメールというものが当たり前にある世代なんだよなあ。

こちらが学校のPCから個別に連絡を返事をしても半数は返事がこない。
彼らに悪気があるわけではなく、彼らにとってメールはコミュニケーションツールとして我々世代とは別の独自のルールがあるのだと思う。

携帯のメールは便利だ。
ちょっとした報告とか、言いにくいこととかを投げ捨てることのできるツール。
返答はあってもなくても大丈夫。

こういうツールを持っている世代に共通するのは衝動性なんじゃないのか。
なにかあったとき自分の気持ちを熟成させるのが下手になってしまう。
なにか、思いついた時、言いたいことがある時、電話するには勇気や作法がいる。
その点、メールは待たなくてもいいし、返答がなくても気にしなければいい。

僕が思春期の際は、そういうツールが無かった。
例えば、クラスメートが自分の悪口を言っているのを噂で聞いた時、今なら即メールして喧嘩できる。
僕の頃は、それを聞いてから悔しくて悔しくて一晩中いろんなことを考える訳だ。
「ちくしょう、明日あったらぶん殴ってやる、がつんと言ってやる」

そうこうしている間に自分の気持ちが整理できたり、相手の気持ちを考えたり。
面倒だけど、そんな時間はとても大事なのだと思う。
自然と自分の気持ちが熟成していくのだろう。そういう時間が深みになるような気がするのだが。質的すぎるな。
若者の常識がないというのは簡単だけど、そういう社会になっていくことを意識しないといかんなあ。

そういいながら僕自身はtwitterで思ったことを垂れ流しているとブログはついついおざなりに。
ちょっと意識して日記のようにブログを書くことを心がけてみたほうがいいかも。
気持ちを熟成するためにも。

しかし、これは世代の問題ではないのかもしれないなあ。
先日、昔の知人(同世代)からメールが来た。

「元気ですか?私は元気ないです」

なんて答えたらいいんでしょう。。電話してくれればいいんだけど。
返事をすると一問一答の繰り返し。非常に時間の無駄だった。

僕自身もメールを始めた頃は、電話で済むような話を何時間も言ったり来たりしてたなあ。。

そうか、これはどう考えても世代間というよりも個体差だな。
というよりもおっさんになったのか。

burnout

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