第25回-精神専門36

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精神保健医療福祉関連の法制度の変遷に関する次の記述のうち, 正しいものを1つ選びなさい。
1 精神病者慈善救治会の働きかけにより精神病者監護法 (1900 (明治33) 年) が制定された。
2 精神病院法が目標とした全道府県での公立精神科病院の建設が達成され, 精神衛生法 (1950 (昭和25) 年) が制定された。
3 精神障害者も対策の対象に含めた心身障害者対策基本法 (1970 (昭和45) 年) が制定された。
4 精神衛生法が精神障害者の人権に配慮した適正な医療及び保護を明示した精神保健法 (1987 (昭和62) 年) に改称・改正された。
5 精神保健法が精神障害者社会復帰施設を法定化した「精神保健福祉法」 (1995 (平成7) 年) に改称・改正された。
(注) 「精神保健福祉法」とは, 「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」のことである。

法制度の変遷についてです。過去にも多く出題された内容なのでこの問題は解いておきたいところですね。

選択肢1  精神病者慈善救治会は, かの有名な呉秀三が中心となって作られた団体です。彼は『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』(1918年)において「わが国十何万の精神病者はこの病を受けたるの不幸のほかに, この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」という言葉が有名です。彼はその頃ほとんど整備されていなかった精神病院を公の責任において設置するべきという考えのもと, 1919年の精神病院法の設立に尽力しました。精神病者監護法は, 私宅監置の手続き法とも呼ばれるものです。よって解答は誤りですね。

選択肢2  選択肢1の精神病院法において各都道府県は精神病院の設置に努めることが記載されましたが, 実際には戦中戦後の財政難もあり精神科病院の建設は進行しませんでした (民間による代用病院は次第に増加)。その結果, 1950年の精神衛生法までは, 私宅監置が継続しています。精神衛生法成立において私宅監置が禁止され  (1年猶予期間あり) ています。ということで設題は誤りですね。

選択肢3  1970 (昭和45) 年)に成立した心身障害者対策基本法は身体障害, 知的障害のみを対象としていました。精神障害者が一緒になったのは障害者基本法からです。選択肢は誤り。

選択肢4 精神保健法は, 宇都宮病院事件の影響を色濃く受けた改正となりました。ここで説明したように, 宇都宮病院事件における国際的な批判も踏まえて精神保健法が成立したという背景があります。そのため, 精神保健法には, 精神障害者の人権に配慮した適正な医療及び保護が明記されています。これが正答ですね。

精神保健法成立時のその他の大きな改正点としては, 入院形態の改正 (任意入院, 医療保護入院), 精神医療審査会, 社会復帰施設の法定化などが挙げられます。非常に大きな改正なのでここは要チェックです!

選択肢5  精神保健福祉法における重要な改正点は, 名前が示すように「福祉」というのがポイントです。「自立と社会経済活動への参加」も覚えておく必要がありますね。

障害者基本法において障害者の範囲に精神障害者が位置づけられたことも影響し, 精神障害者保健福祉手帳などが新しく創設されています。

社会復帰施設の法定化は1987年の精神保健法と覚えておきましょう。ただ, 福祉工場が法定化されたのが1995年改正だったこともあるので, ちょっと混乱させる内容だったかもしれませんね。

法律の歴史的変遷は覚えるのは難しいので, ワークなどの知識だけではなくやはりテキストを読みこんで, 時代背景も含めてストーリーとして覚えておくことが大事だと思います。

選択肢以外にも1965の精神衛生法の改正, ライシャワー事件などについては押さえておく必要があるので一応解説しておきます (非常に荒っぽいけど)。

1950年に精神衛生法が成立してからも, 精神科病院建設はなかなか進みませんでした。私宅監置が禁止されたことからも, 各病院では収容人数を超えるクライアントが入院しているような状況であったそうです。その後, 1958年の精神科特例 (医療法) , 1960年の医療金融公庫法などをきっかけに民間の精神病院の建設ラッシュがおきた結果, 1975年には国が目標とした1万人対25床を達成 (1993年前精神病床数はまで増え続ける) します。

一方では1952年にはクロルプロマジンが使用されるようになり (開発は1950) , 精神病院の雰囲気が一変します。 病棟の開放化・社会復帰への取り組みが意識的に行われるようになり次第に社会復帰への機運が高まってきた時に起こったのが1964年 ライシャワー事件です。ライシャワー事件は, アメリカ駐日大使ライシャワーが大使館に侵入した精神分裂病(統合失調症)の少年に大腿部を刺され重傷を負ったという事件で, 世論に「社会防衛」を強く意識させてしまった事件でした。
1965年の改正精神衛生法は, 社会復帰の機運が反映された改正の部分とライシャワー事件の負の影響を受けた改悪の部分が混ざり合った改正法と考えておく必要があります。

具体的な改正点は,

1) 保健所を地域における精神保健行政の第一線機関と位置づけ, 精神衛生相談員を配置できることとし, 在宅精神障害者の訪問指導, 相談事業を強化。
2) 都道府県の中核機関として, 精神衛生センターを設置した。
3) 在宅精神障害者の医療の確保するために, 通院医療費公費負担制度を創設した。
4) 警察官, 検察官, 保護観察所長及び精神病院の管理者などの精神障害者に関する通報・届出制度を強化。
5) 措置入院制度の手続について, ①病院管理者に患者が無断退去した場合, 警察への届出義務を課したこと, ②自傷他害の程度が著しい精神障害者につき, 緊急措置入院制度を設けたこと, ③入院措置の解除規定, 守秘義務規定を設けたこと。

などが挙げられます。

ふーちょっと日曜なのでがんばりすぎたな。。疲れました。

今日はここまで。

 


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