どうかなーーと思うがあえて書いてみよう。
医療や福祉の現場で働いているPSWがよく言う言葉。
「もう少し時間があったら、クライアントさんとゆっくり話せるのに」
「働き始めたらクライアントさんとゆっくり話す時間がなくなるけん、学生の間に話ときんさい」
本当にそうだろうか・・・
自分も5年目の時に同じようなことを言っていたような気もするが。
本当に時間があったらクライアントさんと話す???
今考えると、クライアントさんと話す時間がだんだんとしんどくなっていった。学生の頃の様に、クライアントと話すだけで満たされることは少なくなり、いろいろと考えないといけないことが増えて、正直責任が重かった。
もちろん相手が面接希望を出してくれると違うけど。ちょっと時間があいたときに病棟に行くというのはだんだん減っていた様な気がする。
だけどそれだと大切なものを見失う。だから自分にルールを課した。
具体的には、「どれだけ忙しくても絶対病棟で一時間くだらない話をする」というようなマイルールを決めていたのだ。
そうじゃないとついつい相談室でのんびりしてしまう。
どうなんだろう??
もちろん実習生の頃もクライアントさんと話し続けるのはしんどいときもあった。
「今日はフリーね」と指導者に言われた時は、一日中病棟にいなければいけないのでげんなりしていた。
そしてそんなことでげんなりする自分は福祉の世界に入っちゃいけないのかと悩んだ。
仕事を始めてからも同じ。
「忙しいからクライアントさんと話せない」
これはエクスキューズなんじゃないかな。
正直、しんどいことを抱えている人と話すのは簡単なことじゃない。それは相手がクライアントさんじゃなくても同じだよね。
だけどそういう「話す」という作業をしないと信頼関係は築くことができない。そこらへんが正直な気持ちだった。だからマイルールを決めた。
そんな自分を知ることが自己覚知じゃないのかなと思う。
やっぱりきれいごとだけじゃ本当に意味での援助とは言えないのじゃないのかと思う。
まだまだ青いのか。ただ無理すると燃え尽きてしまう。
私が今研究しているバーンアウトの兆候の一つとして、「管理的な仕事や事務仕事に没頭する」といのもある。
クライアントさんと関わるのがしんどいから他の仕事(目に見えて成果の見える仕事)に逃げてしまうのだ。
「クライアントさんのために」それだけじゃやっていけない。
結局クライアントさんを自己愛を満たすために使っている偽善者な自分がどこかにいることを忘れちゃいけないと思うのです。
いいじゃないですか、偽善者でも。悪人よりも偽善者でいたい。